ウィルス感染症とその予防・治療について

 毎年インフルエンザが流行るたび、ウィルスをうつさないように、うつされないように、と気をつけます。ノロウィルスも同じように、ヒトからヒトへの感染が比較的容易におこるため、トイレや嘔吐時の感染予防対策が重要です。我々医療従事者のなかでは、病原体を拡散させないような対策、スタンダード・プリコーション(標準予防措置策)が徹底されています。これは10項目にわたるものですが、一般の方にも同様の留意が必要なものとして、①手指衛生、②手袋、マスク、③呼吸器衛生/咳エチケット、があります。不特定多数の方が触ったであろう部位を触ったとき、トイレの後、その手にはウィルスが付着しているかもしれません。手を洗わない、洗い方が不十分な人、いらっしゃいます。公衆トイレのドアノブにはウィルスがついているかも。また、咳や発熱があるのに、マスクをしないで受診する方がいます。咳をする際、口を覆わずに遠慮なくウィルスをまき散らす人がいます。感染拡大を助長しないよう、すべての人が感染予防対策を励行すべきです。かぜはライノウィルス等のウィルスの感染により発症しますが、今回はかぜやその他のウィルス感染症とどのように向き合えばいいのか、述べたいと思います。

1 かぜ症状。早めになおしてしまいたいから来ました。

 こういった方、よくいらっしゃいます。早めにお薬を飲めば早く治ると。まず大きな誤解をされているのですが、かぜはお薬を飲んでも治りません。かぜ薬は、身体がウィルスを追い出してくれるまで、つらい症状をやわらげるだけで、ウィルスが身体からいなくなる期間を短くはできません(インフルエンザについてはその期間を短くできるお薬があります)。症状がさほどつらくなければ、飲んでも飲まなくても大差ありません。かぜ薬のコマーシャルも「効く」とは言っても、「治る」と言わないですよね。なので、症状が軽いうちに受診しても、医師としては何もすることはなく、まともな医師は「様子を見ましょう」と言います。そういった方に薬を出してしまうのは、面倒だから出すのです。こういった医療の不要な軽症の方が受診をすると、病院やクリニックでウィルスをうつし合う原因となります。

2 かぜひいたので抗生物質をください

 これについても誤解が多いです。かぜのウィルスに抗生物質は効きません。効かないどころか、下痢等の副作用が多いですし、無用な抗生物質の乱用は耐性菌を作り出し、将来の医療に大きな影響を及ぼします。不要な抗生物質を求める患者さんにも、安易に処方する医師にも罪があります。ただ、患者さんがかぜだと思っていて、実際には溶連菌感染症(咽頭痛+発熱はあるけど、咳・鼻汁はないのが特徴)だったり、かぜが副鼻腔炎を引き起こしたり、抗生物質が必要な場合もあります。症状がつらければ、受診しましょう。

3 総合感冒薬をください

 先に述べたように、かぜ薬でかぜは治りませんが、つらい症状をやわらげることはできます。ただ、薬局で売っている「総合感冒薬」に服用は個人的にお奨めしません。クリニック・病院で処方する大半のお薬は、単独の成分となっているのに対し、たとえばルルなどは9種類のも成分を配合した薬です。すべてのお薬には副作用のリスクがあります。特に肝障害、薬疹、間質性肺炎などは薬剤により引き起こされることが多く、ルルは単独成分のお薬に比べ、そのリスクは9倍、ということになります。医師が処方する総合感冒薬でPL顆粒というのがありますが、僕がこれを積極的に処方することはありません。また、ワーファリンという、心房細動や血栓症に使用するお薬があるのですが、総合感冒薬を服用すると、肝臓の薬物代謝酵素の影響を与え、ワーファリンが効きやすくなって出血合併症を引き起こすことがあります。基礎疾患があり定期処方を受けている方は特に注意が必要です。薬局で市販薬を購入せざるを得ない場合、必ずお薬手帳をお見せ下さい。

4 今日から調子が悪く受診したら、「様子をみましょう」とお薬を出してくれません

 症状が出始めた当日に受診される方、早めがいいと思って来られるのですが、発症当日では正しい診断が難しい場合が多いのです。たとえばインフルエンザなどは、咳から始まり、翌日高熱が出て分かる場合も多いですし、急性虫垂炎(いわゆる盲腸)は、最初、みぞおちの不快感で始まり、翌日以降、徐々に右下腹部に痛みが出てきて診断できることが多いです。ですので、受診するのはいいのですが、「様子をみましょう」といって薬が出ないのはむしろ誠実な対応であるとご理解下さい。一方、経験したことのない胸痛、頭痛、脳卒中(手足の麻痺、言語障害など)を疑う症状の場合、速やかな受診が必要です。様子を見ないで下さい。

5 手を洗うことが一番大事、と言われます。マスクの方が重要では?

 コロナウィルスに関する報道のせいで、パニック反応がおこりマスクが不足しています。マスクで空気中のウィルスの侵入を防げる、と思っている方が多いですが、それは誤りです。目の前の感染者が、マスクをせずに咳をすれば、その飛沫があなたの口鼻周囲に付着し、それを摂取してしまえば感染するので、そういった状況の感染を防ぐ効果はありますが、それはとてもまれなことです。マスクをする意義は、自分が感染しているかもしれないウィルスを他人にうつさない、ということに尽きます。それに対し、「手を洗う」とい う行為は、ウィルスの感染を防ぐことができます。ノロウィルスなどの多くのウィルス感染症は、手からうつります。たとえば、トイレで手をよく洗わない人のあとに、トイレのドアノブなどにさわり、その後、顔の周囲をさわり口鼻にウイルスが付着し感染する経路、ペットボトルのキャップや缶ジュースのプルタブをさわり、それに口を付けることで感染する経路、などが考えられます。外出時、たとえば電車のつり革など、どうしても不特定多数の方が触ったであろう部分を触らなければならない場合、自分の手指にはウィルスが付いているかもしれない、という気持ちを持ち続け、顔などに手を近づけないようにすること、帰宅後ただちに念入りに手洗い(30秒以上、流水で)を行うこと、が大事だと思います。

6 医者の不養生、その真実。

 先日、クルーズ船の検疫官、患者を搬送した救急隊員のコロナウィルス感染の確認が報道されました。医療従事者は、感染症を有した患者と面と向かって対応します。昔から医者の不養生、という言葉がありますが、我々医師を含めた医療従事者は常に病原体の感染リスクに曝され続ける環境で仕事をしています。咳を出そうになったら口鼻を覆う「咳エチケット」を心がけ、咳等のかぜ症状で受診する際にはマスクの着用をお願いします。また、診察室で医師に面会する際に、「マスクしたままだと失礼」という気持ちから、マスクを取る方がいらっしゃいますが、それはやめてくださいね。そのままで結構です。