身近で手軽な飲み薬ーうまくつきあっていくには

 医療行為という言葉をきいて皆さんが想像するのは何でしょうか?手術、点滴、いろいろありますが、一番身近なのは飲み薬ではないでしょうか。飲み薬には医師の発行する処方せんが必要なものから、薬局で気軽に買える市販薬までいろいろあります。一般的に、薬局で買えるものは重い副作用が少なく比較的安全で、医師が処方するものはそうではないもの、ということが言えますが、どんな薬にも副作用があるということを認識する必要があります。ときおり「副作用があるならその薬は飲みたくない」という方がいますが、まれな副作用のリスクを受け入れられない方は病院に行かずにつらい症状を我慢するしかありません。すべての社会生活にはリスクがつきものです。自動車を運転するからには事故の可能性はゼロではないので任意保険に加入しますよね?医療を受けるのも同じことなのです。症状をやわらげたり、病気の発症リスクを下げたりする良い効果と、まれに起こりうる副作用のリスクを天秤にかけるという、冷静な判断力が求められます。
 すでに心臓病や脳血管疾患に罹患した方は、もう一度同じ病気に罹りやすいので、高血圧や糖尿病などの治療を長期継続することが推奨されます。お薬は一生モノなので、効果があるだけでなく安全性がとても大切です。今回は飲み薬のあれこれについてお話しします。

病気の治療薬には、病気を治す/症状を和らげるお薬と、将来の病気発症リスクを下げるお薬がある

 高血圧や高コレステロール血症の患者さんから、「薬をのんで数値は良くなったから、もうやめても大丈夫ですか?」とよく聞かれます。こういったお薬は、やめてしまうと数日で効果が切れてしまうので、服用を継続する必要があります。病気を治しているわけではないのです。患者様には、「この薬を飲むことは、シートベルトを締めて自動車を運転することと同じです。健康な方が時速20キロで、シートベルトなしで走っていても死亡することはありませんが、すでに心臓病になってしまった貴方は80キロで走っています。シートベルトなしでは危険です」と、お話ししています。将来の病気の発症/再発を防ぐために使用するので、リスクが劇的に改善した場合を除いて、シートベルト薬は一生モノと言えます。一方、肺炎・結核などの感染症には、病気を治すお薬が使用されます。風邪には症状を和らげるお薬。こういったお薬は、短期間使用し、必要なくなれば中止します。
 ときおり、症状を緩和するためのお薬を、効果がないにもかかわらず、長期に服用している方を見かけます。特に、整形外科で処方されたお薬。脊柱管狭窄症の症状である、歩いたり長く立っていたりすると悪くなる足のしびれ・重い感じに処方されるお薬は、症状の改善があるかないか、確認されることなく長期に処方されることが多いのです。医療従事者の間では、こういった状況を「漫然と」処方が継続されている、と表現されます。医師も、薬剤師も、患者さん本人も、これが必要かどうか再検討することなく、ただただ継続されるのです。上記のシートベルト薬でなければ、症状が改善しないお薬は不要です。あなたの処方薬にそういったものはありませんか?もしあればかかりつけ医に相談してみて下さい。

シートベルト薬をはじめて処方する医師の責任は重大

 繰り返しますが、シートベルト薬は長期に継続されることを前提として処方が開始されるはずです。それは、患者さんの一生に責任を持つ、ということ。とても慎重な判断が要求されることです。ところが残念なことに、そのような考えなく、あまりにもあっさり、一生モノのお薬が処方開始されることが多いと感じています。最近、近隣の医療機関が閉院するため、そこのかかりつけ患者さんが当院に転院してくることが増えました。一昔前は、臨床研修が充実しておらず、不十分な診断のもと必要のないお薬が開始され、現在でも漫然と継続されている例が散見されます。心電図の軽微な異常を根拠に、まったく症状がないのにもかかわらず、「狭心症」と診断され、20年近くそのお薬が継続された方が受診されました。その患者さんとしては、長年にわたり服用してきた薬が不要であるということを簡単には受け入れることはできないと思います。ですので、それらを中止するためにはかなり時間と手間を要します。検査を繰り返しながら、ひとつづつ中止してみて問題のないことを確認し、「以前は必要だったかもしれないけど、今は中止できますね」とお伝えし、ご納得していただきます。昔だけでなく現在でもそのような処方が開始されることがあります。たとえば、コレステロールを低下させるお薬。心臓病を発症するリスクが限りなく低い20~30代の女性に処方した場合、胎児に影響を及ぼす可能性があるため妊娠できません。前医でお薬が始められた患者さんに確認すると、そのような説明はなかったとのこと。高血圧のお薬も妊娠可能な女性に出してはいけないものが多いのですが、こういった処方が薬局でとがめられることはきわめてまれです。このような不適切な処方には、医師・薬剤師、双方に責任があります。
 飲み薬は気軽に服用できるし、簡単に処方できます。一生モノのシートベルト薬を処方開始される際には、複数回の受診において、学会などが示している診療ガイドラインや専門医の豊富な経験に基づき、将来の疾患発症のリスクを見積もった上で、慎重に判断されるべきです。そのようなことなく、あっさりお薬が始まってしまった、という方、本当に一生必要な薬かどうか、今一度考えてみることをお奨めします。

長期服用を前提としたお薬の処方の際は副作用がないかどうかの確認が大切

 上述したとおり、どんなお薬にも副作用があります。長期使用を前提としたシートベルト薬を開始した後は、慎重に副作用の有無を確認すべきです。副作用には薬疹などの自覚症状だけでなく、血液検査でわかる肝臓の障害があり、まずは短期の使用で様子を見るべきです。また、複数のお薬を同時に処方されることはお奨めしません。なぜなら、もし副作用が出た場合、どの薬が原因なのか、分からないからです。はじめての、長期使用を前提としたお薬が、長期に、複数、開始されることはリスクを伴います。気をつけましょう。

あなたの処方せんの処方日数には理由があります

 シートベルト薬を開始し、初期の副作用がないことが確認されれば、長めの日数の処方が可能となります。長めにもいろいろあり、たいてい1~3ヶ月となることがほとんどです。以前診てくれた先生は90日処方をだすけど、今の先生は30日しか出してくれない、ということをおっしゃる方がいます。患者さんの病状により、定期受診の間隔(処方日数)を縮めたり空けたりするのには理由があります。たとえば、①病状が不安定でこまやかな観察を怠ると後手に回り、病状が悪化して取り返しが付きにくくなる ②最近新しい治療をはじめたばかりで副作用の観察が必要 ③糖尿病で血糖値が良くない方(糖尿病の指標は最近1ヶ月の血糖値を反映)一般的には長期処方を好まれる方が多いですが、上記のような理由で短期間の再診をお奨めする場合があります。

長期に服用しリスクを下げるためのシートベルト薬、短期に使用し症状をやわらげるお薬、どういう性格のお薬なのか、しっかり把握し、無駄なお薬の服用は避けるようにしたいですね。