病気の診断には「時間」が大事

 病名に、「急性」「慢性」とつきます。医学用語なのですが、皆さんにもなじみがある言葉になっています。気管支炎を例にとると、急性気管支炎は、数日前に症状が出て、あと数日で完治する、のに対し、慢性気管支炎は、いつのまにか症状に気づくようになり、調子がいい/悪いを繰り返して、完治することは稀、という違いがあります。咳・痰という症状は同じでも、病状の時間経過がまったく異なり、その原因(急性気管支炎はウィルス、慢性は喫煙など)もまったく違うのです。ですので我々医師は、この病状の時間経過(専門用語で「臨床経過」といいます)について知ることをとても大事にします。脳卒中や急性心筋梗塞などの発症は、何時何分と言えるほど「突然」ですし、コロナウィルス感染症などの感染症では、時間/日単位、認知症などは数ヶ月~数年単位で症状が発症・変化します。困った症状で受診する際、医師から聞かれることは、症状は①いつから感じるようになり、②複数の症状があるのなら、どのような順番で出てきたのか、ということ。その質問の答えは、どんな高価な検査よりも、病気の診断に大切なのです。今回は、「病気と時間」についてお話しします。

医師の中では有名な言葉「後医は名医」

 よくあることとして、病気の初期に当初症状が出そろわないため、診断がむずかしく、困った患者さんが他の医療機関を受診する、ということがあります。このような病気の一例として、急性虫垂炎(いわゆる盲腸)があります。この病気の初期には、典型的な症状がとぼしく、当初、みぞおちの不快感・痛みとして発症し、時間が経つにつれ、徐々に右の下腹部の痛みとして感じるようになります。初期に受診して、「急性胃炎」と診断され、胃薬を処方されたけど効かず、症状が悪化、他医受診時には、症状が出そろって、これまでの臨床経過がヒントとなり、正確な診断が可能となるのです。患者側の理解としては、前医はヤブ医者、後医は名医、ということになるでしょう。そうではなく、ただ単に臨床経過が明らかであることが病気の診断には大事、ということです。

帯状疱疹―最初は痛みだけ、後日皮膚が。。

 帯状疱疹ワクチンのテレビコマーシャルなどから、最近、皆さんにこの病気の特徴が知られるようになり、患者さんご自身が正しく診断され、来院されることも増えてきた気がします。帯状疱疹は皮膚科の病気ですが、初期症状は痛みのみであり、皮膚に水疱が現れるのは数日後なのです(皮膚科医の友人が言うには、最長7日後の方がいたとのこと)。痛みは、身体(頭部含め)の片側のみに感じられ、「ちくちく」「じんじん」と表現されるようなものです。循環器内科には、胸部のいたみで受診されますが、このような特徴があり、心臓病がなさそうなときは、「数日後に水疱が出るかもしれないので、毎日、胸と、同じ高さの背中を鏡でみてください」とお願いしています。その予測が当たると、患者さんには名医と思われます。水疱が出なければ肋間神経痛です。

早朝だけに症状が出る病気とは?

 心臓は、自律神経によってコントロールされています。自律神経には、交感神経と副交感神経があり、交感神経の働きにより、血圧・脈拍は上昇し、副交感神経はこの逆となります。睡眠中や食後は副交感神経が主に働き、起床後は交感神経が活性化します。狭心症は、心臓の動脈(冠動脈)に動脈硬化による狭窄が生じ、からだを動かしたときに心臓への血流が足りなくなることで胸痛などの症状がでます。これに対し、狭窄がない血管に、けいれん(れん縮)が起きることにより、同様の症状をきたす、冠れん縮性狭心症という病気があります。この病気の症状では、早朝や起床前に胸痛がおきやすい、ということがあり、自律神経が副交感から交感神経に切り替わることが「れん縮」の原因であると考えられています。胸痛の患者さんには、医師から「一日のうち、いつ症状がでやすいですか」と、必ずといっていいほど聞かれるのは、この病気の診断を念頭に置いているからです。

食後だけに症状が出る病気とは?

 どんな時間帯、あるいは状況で症状がでやすいか、ということは診断のみならず、治療にも影響します。発作性心房細動は、突然、脈がみだれ、早くなる不整脈ですが、日中か、夜間か、どちらにおきやすいかでお薬の選び方が違うのです。夜間に起きやすい場合、副交感神経が関わることが示唆されるため、副交感神経をおさえる作用をもつ抗不整脈薬を選びます。また、食後にも副交感神経が活発になるため、食後に動悸がする、という方にもこの系統の薬を使います。

一日のうち、いつ薬を飲むと効くのか?

 早朝だけ血圧が高いことを、「早朝高血圧」とよびます。やはり、朝の交感神経の活性化が、この状態に深く関わっています。血圧を下げるお薬は、一日一回服用のものが多いので、この早朝高血圧には、夜、薬を飲むといいのでは、と言われてきました。そこで、多くの高血圧患者さんを、薬を朝服用するグループと、夜服用するグループに分け、血圧の下がり具合をみたところ、まったく差がなかったとのことです。また、コレステロールは、夜間、肝臓でたくさん作られることから、以前は夜のコレステロール低下薬服用がいい、と言われていましたが、上記と同じような研究が行われ、朝も夜もあまり差がない、ということが分かっています。ですのでこれらの薬については、もっとも飲み忘れの少ないと思われる時間に服薬するように処方しています。対照的に、上述の冠れん縮狭心症では、一番薬を効かせたい早朝に、薬剤の血中濃度を高めたい、という考えから、血管拡張薬を夜、服用することがほとんどです。

今回は、病気と時間についてお話ししました。出始めたばかりの症状が、どんな病気なのか、いまだ判断できる段階になく、なおかつ緊急性がない場合、医師は「様子をみましょう」といいます。この意味は、なにもしない、とうことではなく、今後の臨床経過を知りたい、ということなので、あらたな症状が出始めたり、何か変化があった場合は、最初にかかった医師を受診するのがいいと思います。