「廃用性萎縮」、それはコロナ自粛がもたらす心身の萎縮

コロナウィルス感染症の蔓延がさしあたり勢いの衰えを見せつつも、いまだ感染者の報告が減りません。そんな中、皆さんの暮らしは一変したことと思います。特に健康や医療を取り巻く状況はコロナ前とは大きく変化しました。この感染症のもっともタチの悪いところは、日常生活が活動的であるほど感染し(せさ)やすい、ということでしょう。道具などのモノがそうですが、ヒトの身体や精神も使わなければさびついて衰えます。「廃用性萎縮(はいようせいいしゅく)」という言葉は医学用語ですが、「寝たきりや行き過ぎた安静状態が長く続くことによって起こる筋肉や関節などが萎縮すること」と定義されます。「萎縮」は筋肉について表現していることですが、この言葉がまさに、精神状態を含む今の状況を表しているなと思います。心もカラダも、萎縮して元気がなくなっている方、とても多くなっています。

高齢者ほどおこりやすい廃用症候群

廃用性萎縮と類似した用語で、「廃用症候群」という病名があります。それは、安静状態が長期に渡って続くことによって起こる、さまざまな心身の機能低下を指します。生活不活発病とも呼ばれます。通常は、高齢者が急性疾患(感染症、心血管疾患、脳卒中など)や悪性腫瘍に罹り、長めの入院生活を経て発症することが多い病気です。これまで普通に行えていた、家事などの日常的な動作を行うことがなくなり、近所での立ち話やジムや習い事などの交流の機会が失われ、心身の機能が低下し、フレイルと呼ばれる筋肉量の低下に基づく身体の脆弱さが進行、認知機能も著しく悪化していきます。

コロナで分かった日々の身体活動維持の重要性 「プチ廃用症候群」と名付けました

この廃用症候群、高齢者にだけ関わるわけでなく、コロナ自粛の中、若い人や壮年の方にも決して無縁ではない、ということが自らの経験で理解できました。以前の通信でもご紹介したと思いますが、綾織は毎日500キロカロリー以上消費し、週2~3回程度の筋力トレーニングを5年にわたり行ってきました。しかし、コロナのために4月から2ヶ月強ジムが閉鎖され、そういった機会は失われ、航空公園の中をひたすら歩くしかありませんでした。それでも体重はプラス1kgくらいに維持できていました。6月はじめにジムが開いたのでトレーニングを再開しましたが、2ヶ月前と同じウェイトはまったく持ち上がりませんでした。徐々に重さを下げていって、ようやくできるようになった重さがなんと4年前に上げていた重さ。たった2ヶ月で4年が失われたのです。ビックリしました。筋力だけでなく、心肺機能も低下し、軽い負荷で息切れを感じます。入院後の体力回復には、入院期間の3倍が必要、とよく言われますが、実際にはもっとかかるのではないでしょうか?この「プチ廃用症候群」を克服するため、これからまた頑張ろうと思います。

食事しながらおしゃべり、認知機能にとってすごく大事という話

筋力や心肺機能だけでなく、コロナ自粛は認知機能にも大きな影響を及ぼすことが指摘されています。ある調査研究によると、週2日以上、一日15分以上、3名以上で集まり(仕事の会話を含みます)、おしゃべりする人たちと、そうでない人たちを比較したところ、おしゃべり好きの人たちは認知機能が保たれるということがわかったそうです。また、食への欲求が高いほど、食欲が旺盛なほど、フレイルや認知症から縁遠くなることが知られています。食べ過ぎは肥満をまねき、糖尿病や変形性関節症発症の引き金になりますが、体重が増えないように、食事とおしゃべりを楽しむことはとても大事です。咳・唾液エチケットを守り、楽しみましょう。

冷静にリスクの大小を判断し、プチ廃用症候群にならないよう、社会活動を維持しましょう!

コロナウィルスを恐れるあまり、外出が減り、人との交流が減り、多くの高齢者の健康が脅かされていると感じます。また、このような社会状況が今までなかった不安をもたらし、リスクの過大評価につながり、プチ廃用症候群を増加させています。僕の母の例を挙げましょう。彼女は関西在住ですが、6月下旬に北海道旅行を予約しています。先日、電話があり、「こんな時期だから、旅行していいかどうか?」と。その質問に僕はこう答えました。「家から外出する、という行為は、わずかに感染のリスクを高める。そのわずかなリスクの増加を受け止められるなら、旅行を楽しめばいい。すこしでもリスクの増加を許容できないなら、おとなしく家にいればいい。それを決めるのは自分であり、自己責任」。彼女は背中を押してほしかったのか、押しとどめてほしかったのか、分かりませんが、自分で決められないことを家族に決めてほしかったのでしょうね。患者さんからも同じような質問がありました。「このたび、久しぶりに習い事の集まりがあるのですが、それに参加していいかどうか、先生に決めてほしい」と。その質問にも、母に答えたようにお答えしました。リスク(危険性)とベネフィット(利益)を天秤にかけて、行動方針を決定することは、人生の あらゆる場面で遭遇します。投資、住宅購入、生命保険加入、高血圧などのリスク因子に対する治療開始。すべて、冷静にリスクとベネフィットの大小、バランスを判断し決めるべきことです。医療に関しては、検査や治療の長所・短所をわかりやすく説明し、医師が決断に関するアドバイスをする責任があります。しかしそれ以外のことは、たいてい自分で判断すべきことです。冷静でない人はつい、わずかなリスクを過剰に恐れすぎる傾向にあると感じています。よくみるのは、娘が高齢の母に自粛を促すパターンです。冷静にリスクの大小を判断し、プチ廃用症候群にならないよう、社会活動を維持しましょう!