高齢者の病気は症状が乏しいか、典型的でない場合がしばしば

 若い医師の修練の際に、よく強調されることは「若い女性を診たら妊娠を疑う」ということと「高齢者/小児の病気は、成人でみられる典型的な症状が認められないか、異なる症状で発症することがある」ということがあります。若い女性の妊娠を見逃せば、胎児に害のある検査や治療を選んでしまうリスクがありますし、非典型的な症状を軽視すると病気の見逃し・治療の手遅れにつながります。今回は、先日かかりつけ患者さんの意外な病気を見いだしたので、高齢者の病気の診断の難しさについてご紹介いたします。

まともに歩けない、湯船から出られない、いったいどんな病気?

 心筋梗塞の病歴がある84歳男性が数日前から、「ふらついてまともに歩けない」「足の力が抜けて湯船から出られない」「動くと息切れがする」という症状でご家族に連れられて来られました。ご家族は「脳卒中では?」と心配されていましたが、お体の所見をみさせていただくと、神経の働きに異常を認めません。心臓病の病歴があるので、息切れが心臓から来ているかというと、これもお体の所見から、どうも心臓が悪いとは思えません。こういった高齢者を診たとき、医師がまず疑うのが感染症です。特に肺炎、尿路感染症、腹部臓器の感染症。血液検査がそのような病気の診断のきっかけとなることが多いのでやってみたところ、表のように肝臓の数値(AST/ALT/ALP/ビリルビン)が普段の数値に比べ軒並み高く、炎症をしめすCRPは測定限界を超えるほど高値でした。また白血球数が高いと細菌感染症を疑いますが、異常高値ではないものの普段の数値の1.5倍を超えるものでした。以上の結果より、急性胆道系感染症(胆のう炎や胆管炎)を疑い、大学病院へ紹介したところ、CT検査(右図)でその病気であることが分かり、適切な治療により病状は改善しました。胆のう炎は通常腹痛で発症しますが、高齢者ではその典型的な症状を欠くことがあり、しばしば診断に難渋するのです。

高齢者の定期受診における定期的血液検査の意義について

 上記患者さんの病気の正しい診断に至った鍵としては、非典型的な症状から感染症を疑い血液検査をしたことと、定期的な受診を通じ、普段から元気な状態を把握していたこと、が挙げられます。これらの点が、高齢患者にとってのかかりつけ医の価値だと考えています。特に今回は、元気なときの血液検査データと比較することで、隠れた病気の診断につながっており、普段の定期検査が重要であることが分かっていただけると思います。
このように、かかりつけ医師は高齢者に生じる新たな病気の早期発見に気配りしています。もう2つほど例をお示しします。

肝臓の数字が徐々に上昇ー実は骨に原因が…

 72歳男性の血液データの異常について同僚医師から相談をうけました。困った症状は全くないのですが、血液中のアルカリフォスファターゼ(ALP)値がどんどん上昇している(下図)、というのです。前述の84歳男性でもそうだったように、ALP高値ではまず肝臓や胆嚢の病気を疑うことが通例なので、彼もCTやエコーでこれらの病気がないかどうか調べたのですが、全く問題がないとのことでした。僕も自分で腹部エコーなどを行いましたが問題がなく、ALPの構造異常により血液検査で見かけ上高値になる状態があるので、検査会社に依頼してこれを調べましたが問題なし。ALPは肝臓で作られる以外に骨でもできるので、念のために「骨シンチグラフィー」という、骨が壊れると画像化できる検査を、ダメ元で行ってみました。これが診断につながりました。この患者さんには全身の骨への前立腺がんの転移(下図、黒いところ)があることが明らかとなったのです。通常、このような患者さんは痛みを訴えるのですが、症状がないこともあるのですね。骨が癌細胞により壊されて、骨からのALPが血液中に流入し、高ALP血症となったのです。

徐々に貧血が進行する場合には?

 心房細動という不整脈で血液さらさらになるお薬(抗凝固薬)を服用している92歳女性の血中ヘモグロビン値が徐々に低下し、貧血が明らかになってきたのが気になっていました(下図)。心房細動は心臓の規則正しい拍動がなく、そのため血液がよどんで血栓(血のかたまり)を作りやすいため、血栓が脳へ飛んで大きな脳梗塞を起こす危険性があることから、抗凝固薬を服用する場合があります。特に高齢者では、脳梗塞発症のリスクが高いので薬が必要となるのですが、こういった薬の服用により、隠れた消化器がんから出血が起こり、貧血が進行することでがんが早期に診断できることがあります。この方も大腸がんが疑われたため、大腸内視鏡の実施をお奨めしていましたが、高齢を理由にお断りになっていました。しかし、貧血が進行するにつれ、動いたときの息切れがひどくなったため、大腸内視鏡を受けていただいたところ、予想通り、大腸がんが見つかりました。まだ初期の段階であったので、腹腔鏡(お腹を切ることなく、何カ所かの穴から棒状の器具を差し込んで手術する方法)による手術により、がんを取り切ることができ、現在では完治してお元気にしていらっしゃいます。

 「普段と違うことにいち早く気付き、病気が重症化するのを防ぐ」というのは、かかりつけ医の大切な役割と考えています。採血はちくっと痛いですが、新たに生じた異常に気づきやすくなるので、特に高齢者にとってとても大切。いやがらないで下さいね。