最近よく耳にする「エビデンス」。横文字で、いかにも大層な感じだけどどういう意味?

 新型コロナウイルス関連報道で頻繁に耳にするようになった「エビデンス」という言葉。日本語にすると「証拠」です。ひとつの考え方が正しいと主張するには、原因と結果について、明確に、客観的に証明する必要があります。被害者の血液が付着した刃物から、犯人の指紋が発見された、というような。臨床医学(ヒトの病気の診断・治療を行うこと)では、臨床試験という調査研究を行い、その医療行為が本当に意義があるか否か検討します。臨床試験の結果がどの程度大事であるかの尺度として、エビデンスレベルがあります。多くはAからDまでで表現され、Aですと「高い」、Dは「非常に低い」となり、その尺度を参考にして、医師は日々、診療を行っています。エビデンスレベルが高い臨床研究としては、「Xという薬剤と、偽薬(プラセボ)を比較するために、二重盲検(医師/患者双方がどちらを使用しているか分からない)により一定期間投与した後、それぞれのグループで死亡率や疾患罹患率を比較する」、というような研究があります。その研究に参加していただく方には、「これから数年、病気の治療を行いますが、本物の薬X・偽薬、どちらかを希望することはできないし、どちらを服用しているか知ることもできません」という説明をします。もし自分が研究の対象者として参加を説得されたら、、ちょっと二の足を踏みますよね。このように実施のハードルがとても高い研究デザインですが、研究から得られた結果は間違いのないものと言えます。「薬Xはきっと効くはずに違いない」という偏った見方に影響されないから。それに対し、医師の個人的な経験に基づいて行う治療は「D:非常に低い」とされ、さらに、あなたのお友達が、「この薬、効くわよ。あなたも出してもらったら」と言う治療は、「E:限りなく低い」(Eはないんですけどね、、)、という感じですね。新型コロナウィルス感染症の飲み薬がなかなか承認されない理由も、このハードルの高い臨床試験の実施に時間がかかる上に、効果が得られたという結果が出なかったためです。政権が焦って、不十分な結果だけど承認しろ、というプレッシャーをかけそうな状況だと推察しますが、厚労省はまだ健全だということなのでがっかりしないで下さい。

標準的な医療には「診療ガイドライン」が必須

 僕が医師になりたての30年前は、エビデンスのない医療行為がほとんどでした。先輩医師に、「どうしてこれが必要なんですか?」とたずねても、「以前からやっているから」という、お役所が言うような答えしか返ってこず、意義があるかどうか、あやしい医療行為がたくさんありました。しかし、今世紀になり、上記のような臨床試験の結果に基づいた承認がスタンダードとなり、意義の少ない医療行為は淘汰されつつあります。たとえば、従前は外科手術の前に手術部位の剃毛(ていもう)が当たり前のように行われていましたが、最近、むしろ術後感染症を増やすことがわかり、「やってはいけない」という記載が診療ガイドラインに掲載されました。
 ひとりの医師がすべての重要な論文(臨床試験の結果が掲載された)に目を通すことは不可能なので、各学会はその領域の病気に関する「診療ガイドライン」を定期的に作成しています。医師は、特に非専門領域の病気について、診療ガイドラインの記載内容を参考に、患者さんの診断、治療について考えます。高血圧を例にとると、年齢や合併症(併存する病気:心血管疾患、糖尿病など)の有無により、薬を用いた降圧目標が異なるなど、多くの臨床試験の結果から導いた「お奨め」が、診療ガイドラインに掲載されているのです。振り返って考えてみると、30年前は各医療機関ごと、各大学ごと独自のルール/文化があり、地域・施設による診療内容のバラツキが明らかに多かったと思います。いろんなビジネスの領域で「標準化」が推進されていますが、医療の標準化には診療ガイドラインが必須と言えるでしょう。

そうはいっても、医師個人の経験も大切

 では、すべての医療行為はガイドラインに従って行うべきなのでしょうか?実は、そうでもない、と言いたいです。なぜなら、医師は経験がものをいう職業だからです。めずらしい病気の診断は、一度も診たことがないと限りなく不可能に近いですが、一度診たことがあると、久しぶりに同じ病気に遭遇した際、記憶の引き出しからその病気を想起することができ、正しい診断をすることができます。治療に関しても、「この病気らしく、こういう特徴があったらこの治療」という、得意技を持つ医師は多いと思います。当院のホームページには、「足の症状」について記載されているため、足に困った症状のある方が多く来院されます。血管に異常がなく、関節に一致しない痛み・しびれならば、たいていは腰椎周囲の加齢性変形により、足へつながる神経が圧迫・障害される「腰椎症性神経根症」です。これは整形外科の病気ですが、内服薬で良くなる場合があり、神経を修復するビタミンB12(メチコバール・メコバラミン)を2ヶ月ほど服用すると症状が緩和・消失することが多いのです。整形外科に毎日通ってもなかなか良くならない症状が、服用後まったくなくなって喜ぶ方もしばしばいらっしゃいます。実はこの治療法、エビデンスはまったくないのです。整形外科のガイドラインにも記載はありません。推察するに、整形外科の医師は手術に興味があり、内服治療には関心がない傾向があることが一つの要因なのではないかと思います。また、メチコバールはとても安いお薬なので、製薬会社が資金を提供して臨床試験を実施するうまみがないことから、エビデンスを構築しようという動きがないのでしょう。一例としてあげましたが、エビデンスはないけれど意義の大きな医療行為は数多くあり、優秀な医師は、エビデンスのある標準的医療と、経験的医療をうまく組み合わせて日々の診療を行っているのだと思います。

かかりつけ医の選び方ー標準的医療を実践しているか?

 かかりつけ医には上述のような医師を選びたいものですが、どのような基準を参考にすればいいでしょうか?経験的な治療は往々にして独りよがりなものとなりがちです。僕の診療方針にもそういった部分があるかもしれません(そういう欠点は、他医師からの指摘はまれで、気づきにくい)。手術を依頼する場合は、年間手術件数など、公開された情報を参考にできますが、かかりつけ医としての能力を推し量ることはとても難しいです。ですので、標準的な医療の実践を行っているか、という点に注目するのがいいと思います。以下3点が大切だと思います。①専門医資格を有しているか:各領域の専門医(総合内科専門医・循環器専門医など)を維持するためには、学会に定期的に参加する、更新試験に合格する、などのハードルをクリアしなければなりません ②学会・地域の医師向け講演参加を通じ、新しい医学知識を得る努力をしているか?(参加にともなう休診、ホームページにおける報告、などからうかがい知ることができます)③教育への携わり:クリニックであっても、若い医師に研修の機会を与える、若い医師と臨床研究を共同で行う、医学生の研修を受け入れている、など、若い人と交流するには、自分を高める(少なくとも維持する)努力を怠らないという姿勢が必要で、新たな知識に触れることが当たり前の環境に身を置くということになります。同業者との交流のない医療機関の診療は、誰の目にも触れることがないため、とてもおかしな医療行為が行われている恐れがあります。医療の標準化は、そういったことからも非常に大切です。

患者さん側から検査・治療を希望することは?ー標準的医療を逸脱すれば保険外診療

 患者さん側から、「OO検査をしてほしい」と希望されることがあります。必要ならば実施しますが、保険診療においては、必要性がない・乏しいと判断されれば実施できません。そのような場合に検査を実施した場合、10割負担(自由診療)となります。標準的医療と、保険診療の関わりについて述べたいと思います。保険診療は、公的医療保険という制度にもとづいて行われる行為です。関連法律には以下のような記載があります。「保険医療を行う際の約束事;診療の必要があると認められる疾病又は負傷に対して、的確な診断を基とし、患者の健康の保持増進上妥当適切に行わなければならない」。「的確・妥当・適切」ということは、標準的医療の条件を満たしているか、ということです。検査/投薬/処置/手術などが必要ということは、「適応がある」と表現されます。適応の有無は保険医療を実施する資格を有する「保険医」が判断します。患者さんではありません。しかし、ご要望に応じ、できるだけご期待に添うようにします。