昨年のノーベル賞で大きな注目を集めたのが、新型コロナウイルスで実用化された「mRNAワクチン(ファイザー、モデルナ製)」の開発の立て役者、カタリン・カリコ氏でした。遺伝物質「mRNA(メッセンジャーアールエヌエー、エムアールネヌエー)」を利用した全く新しいタイプのワクチンで、わずか1年弱という短期間で開発、臨床試験が実施され、有効性90%以上という高い効果をもたらしました。その後、mRNAワクチンは新型コロナウィルス感染症による死亡、入院を大きく減らすことができることが多くの調査研究で証明されたのは皆さんご存じのとおりだと思います。この、①迅速性、②有効性がいかに画期的なものであるかは、過去のワクチン・薬剤の開発期間や有効性と比較してみるとよくわかります。1月6日朝日新聞一面には、従来ワクチン開発には通常10年以上の期間がかかること、インフルエンザワクチンの例でもわかるとおり、従来ワクチンの有効率はせいぜい30~60%程度 (麻疹は例外で95%)とあまり満足できるものではないこと、について記述されています。ワクチンと病気の治療薬を直接比較はできませんが、ちょっと乱暴に比較してみますと、コレステロール低下薬(スタチン)の虚血性心疾患(心筋梗塞・狭心症)死亡率の低減効果は30%程度であること、薬の開発開始から実際にヒトに使用されるまで通常10年以上かかることを鑑みると、新型コロナウイルスmRNAワクチンがいかに迅速に実用化され、いかに有効で人命を救ったか、おわかりだと思います。僕たち臨床医は、まるで漫画みたいで画期的な医療技術に驚きを隠せないのです。カリコ氏、今回は選に漏れましたが、ここ2~3年でノーベル賞受賞は間違いないと思います。この技術のすばらしいところは、「mRNAはどのようなタンパク質でも作ることができる」ということ。コロナワクチンでは、ウィルスが持つスパイクタンパク、ということになります。
今後、インフルエンザワクチンもmRNAワクチンになっていく
昨年、インフルエンザワクチンが品薄となりました。新型コロナのデルタ株、オミクロン株の拡散もあったこともありますが、例年と比べ製造量が少なかったことも影響しています。なぜ、安定に供給できないかというと、その製造過程にニワトリの受精卵の使用が必須であり、養鶏業の状況がその製造量を左右するからです。そういった欠点を補い、さらに新型コロナウィルスワクチンとの配合ワクチン開発を見据え、インフルエンザワクチンにもmRNA技術を使用する試みが進んでいます。
これまでの医学進歩の転換点
人類の歴史の中で、寿命の延伸に貢献した医学の大きな進歩として、2つの感染症との戦いがもっとも大きいことでした。ひとつは天然痘の撲滅、もうひとつは結核等に対する抗菌薬(抗生物質)の開発でしょう。天然痘はご存じのとおり、ワクチンがもっとも有効であった病気と言われ、撲滅できた理由として、①不顕性感染(新型コロナウィルスのように、無症状のうちにウィルスを排出、感染を拡げる)が皆無、②ヒト以外の動物には感染しない(インフルエンザは鳥や豚など、複数の宿主に感染しますね)、ということがあります。
結核は過去の病気と考えられがちですが、日本ではいまだ若い世代の初感染もありますし、リウマチやがんにおける免疫抑制治療により結核菌再活性化が問題となっています。新型コロナウィルス感染症と同様に、人の密集と換気の悪さが結核菌感染の温床となり、産業革命による人口集中や、大正・昭和初期の工場などにおける過酷な労働環境のため、若年の死亡が相次いだことが知られています。この状況を終わらせたのが抗菌薬ストレプトマイシンの発見でした。発見者ワックスマンはこれによりノーベル賞を受賞しています。以後、1950年代以降にはイソニアジドなどの抗結核薬と組み合わせた、より効果的な治療法が確立され、日本にも広がっていきました。それ以降、国内の結核による死亡率は劇的に下がりました。
最近30年のヒト寿命の延伸に貢献したのは、心血管疾患・脳血管疾患の治療の進歩だと感じています。特に我が国では塩分摂取過多にともなう高血圧のため、脳出血が結核に次ぐ死亡原因でした。1980年以降、降圧薬の登場により高血圧が是正されるとともに、脳出血発症が激減し、同時に脳梗塞、心疾患の発症も減りました。ひきつづきスタチンが登場し、血液中コレステロール濃度の低下にともない、虚血性心疾患の発症も大きく低下し、血管の老化が引き起こす心臓・脳疾患の治療にとって、降圧薬と並び不可欠なものとなっています。1990年ころ、比較的若い(60~70代の)心疾患入院患者さんを救うことができないことが多かったと記憶しています。個人的な印象かもしれませんが、最近、高齢者の循環器疾患は簡単に重症化しなくなっていると感じています。
この数年、また近い将来期待できる医学の顕著な進歩は、がんと神経難病の治療ではないでしょうか。たとえば、がん細胞を攻撃する免疫細胞にブレーキをかけるたんぱく質「PD-1」の発見は、画期的ながん免疫治療薬「オプジーボ」の開発に貢献しました。発見者本庶佑教授は2018年にノーベル医学生理学賞を受賞したのは記憶に新しいところです。個人的な経験では、これは助からないな、と思っていた患者さん数名が、最新の治療によりがんが完治したのは驚きでした。競泳の池江選手の例のように、血液がんの治療成績の向上は隔世の感があります。夏目雅子さんがこの時代に生きていればと、、
mRNA技術は感染症以外の病気の治療にも
カリコ氏が開発したmRNA技術は、上記の歴史的な医学の進歩に匹敵する、将来の治療戦略開発に大きく貢献することが予想され、事実、がんや神経難病の治療にも有望であることが示されています。がんmRNA治療の概要は以下の通り:①患者から採取した腫瘍サンプルのゲノムDNAを次世代シーケンサーで解析、腫瘍中のネオ抗原(健康な細胞にはなく、がん細胞にのみ存在する物質)候補遺伝子を探索、②ネオ抗原の配列を計算科学の手法で解析、がん免疫を誘導するペプチド(ちいさいタンパク質)を予測、③その候補ペプチドをコードするmRNAを合成、④そのmRNAを脂質の膜に包埋、製剤化して患者に投与。
また、まだ動物実験の段階ですが、mRNAが神経損傷を改善する可能性も示されています。治療に使うのは、神経細胞の機能を高めるたんぱく質を作るmRNA。脊髄を損傷し後足を引きずっていたネズミに投与すると、1週間で歩き方の改善がみられたというのです。体のなかの生命現象はタンパク質の働きから成り立っていて、mRNAはどのようなタンパク質でも作れます。その可能性は無限大で、数年後には複数のmRNA医薬が実用化されるのではないでしょうか。
3回目のmRNAワクチン、ぜひ受けて下さい
オミクロン株の感染拡大が拡がっています。2回ワクチン接種していると重症化は避けられそうですが、沖縄では医療従事者の感染>出勤停止で医療崩壊が起きつつあるといいます。2回打った方、重大な副反応がなければ全ての方は3回目接種可能です。しんとこ駅前クリニックスタッフは3回目受けましたが、副反応、軽微か、全く無症状でした。迷わずぜひ受けて下さい。