医療における「レッドフラッグ」とは?

当院は循環器内科ですので、今すぐに対応しなければならない病気の方がときおりいらっしゃいます。「今すぐ」に適切な診断と治療を行うべき疾患としては、①急性心筋梗塞 ②大動脈解離 ③肺動脈塞栓症 の3つがあります。どの病気も、「胸が痛い・苦しい」という症状がでますが、症状の性質や、患者さんの背景によって、上記の怖い病気である確率が大きく異なるため、医師はそのことについて詳細な質問をします。これを「問診」と言います。病気の診断のすべては、検査で決まる、とお考えの方が多いのではないでしょうか?ところがそうではなく、我々医師は、危ない病気か、そうではなさそうか、患者さんへの質問の答えから、半分以上判断しています。「危ない」と判断する根拠となる症状・検査所見のことを、「レッドフラッグ徴候」と呼んでいます。一度、レッドフラッグ(赤旗)を立てた患者さんには、とても慎重な対応をします。必要な検査を行い、たとえ検査結果が問題なくても、時間が経つと病状が悪化する可能性を考え、一晩入院していただくこともあります。自宅に帰してしまい、病状が悪化した場合、次に搬送されてきたときはもう手遅れ、ということもあるからです。代表的なレッドフラッグ徴候としては、「冷汗」があります。胸痛に冷汗が加われば、上記3疾患の疑いが強まりますし、腰痛に冷汗であれば、単なる腰痛症でなく、腹部大動脈解離かもしれません。

AIは医師にとって代わることができるのか?

近年、ChatGPT(ちゃっとじーぴーてぃー)などの人工知能(AI)の発展はめざましく、さまざまな領域での活躍が知られるようになりました。みなさんの中にも、ChatGPTに質問してみた方はおられるのではないでしょうか?医療にも、AIを役立てようとする試みが拡がりつつあり、病気の診断に際し、「AI問診」というものが登場するようになりました。病気の診断には、医師個人の臨床経験によるところが大きいと、僕は信じておりましたが、先日、使用してみると、なかなかやるな、という感想を持ちました。その一例として、「胸痛と冷汗」をキーワードに、ChatGPTに質問してみました。

胸の痛みで冷汗がある場合とない場合 、鑑別診断は違いますか?

はい、胸の痛みがある場合、冷汗(冷や汗)が伴うかどうかは鑑別診断に影響を与える重要な要素です。それぞれの場合について、考えられる鑑別診断が異なることがあります。
1. 胸の痛み + 冷汗あり
冷汗が伴う胸の痛みは、緊急性が高い可能性があり、以下のような重篤な病態が考えられます。
急性冠症候群(心筋梗塞や不安定狭心症)大動脈解離 肺塞栓症 緊張性気胸
胃潰瘍や十二指腸潰瘍の穿孔
2. 胸の痛み + 冷汗なし
冷汗を伴わない場合、比較的緊急性が低い病態も含まれる可能性がありますが、引き続き鑑別診断を行うことが重要です。

という感じで、完璧な解答がかえってきました。ちゃんとレッドフラッグを立ててくれそうです。
では、レッドフラッグとは対照的に、われわれ医師が「緊急性のない病気」の可能性が高い、と判断される初診患者の特徴を入力して質問したらどうなるかやってみました。その特徴は、①若い女性 ②なにか集中してしていると気にならない ③冷汗・吐き気がない、というものです。

25歳女性 なにかしていると気にならなくなる胸痛 冷汗なし吐き気なし 上記症状は数年前から。行うべき検査と想定できる病名を教えてください
25歳の女性が、何かしていると気にならなくなる胸痛が数年前から続いているが、冷汗や吐き気がないという症状について考えられる病名や行うべき検査は以下の通りです。
考えられる病名:
心因性胸痛(ストレス関連)
心理的なストレスや不安が原因で起こる胸痛で、何かに集中していると症状が和らぐことがあります。身体的な異常が見つからないことが多いです。
その他、肋間神経痛、筋筋膜性疼痛症候群、逆流性食道炎
行うべき検査:心電図(ECG)胸部X線
必要に応じ行うべき検査:上部消化管内視鏡 心臓超音波

またまた、まともな答えが返ってきました。内科専門医の誰かとお話ししているようで、とても不思議な気分です。もしこれが研修医からの解答なら、なかなかやるな!とほめてやりたくなります。
しかしこういう答えは、ちゃんとした質問を投げかけたために、得ることができた解答なのです。医師の問診において、重要な情報を引き出すためには、「ちゃんと聞くこと」、それに対し、「ちゃんと答えてもらうこと」がとても大切です。また、経験のある医師には、「なにか変だ。いやな予感がする」という、虫の知らせと言うべき第六感がはたらくことがあり、僕もその第六感に助けられ、それこそ冷汗をかき、何度か事無きを得たことがあります。AIは、医師やその他の医療従事者の仕事を助けてくれる存在になっていくと思いますが、僕たちもこれまでどおり、研鑽を積む努力を怠らないようにするべきだと感じています。