その高血圧の薬、本当に自分に必要なの?

今困った症状がないのに治療しないとならない病気とは?

 しんとこ駅前クリニックでは、高血圧、高コレステロール血症、糖尿病といった病気を持つ患者さんを多く診療しています。これらの病気は、今は困った症状がないけど、将来心臓病や脳血管障害、腎不全などの重大な病気(合併症といいます)を起こす可能性があるため、「リスク因子」と呼んで必要に応じ治療されることとなります。これらの治療をはじめるのに際し、将来、合併症がおきる確率の見積りが大切になってきます。未来は誰にも予想できないので、過去の調査研究のデータから、目の前の患者さんのリスク(危険度)を見積り、治療開始を判断することとなります。今回は、僕たち医師がどのような思考過程を経て、これらの「リスク因子」の治療に関する判断を行っているのかについて述べたいと思います。

高血圧の薬、本当に自分に必要なの?

 高血圧を例に話を始めます。血圧が高いと将来、脳出血などの合併症が発症するリスクが高いため、そのような病気にならないように予防的に血圧を下げるお薬が使われます。その使用に関する優先順位は、「将来病気が起きやすいかどうか」で決まります。その判断基準として、過去、同じような背景(年齢、性別、合併症など)を持った患者さんを対象にした疫学(えきがく)調査の結果が用いられます。たとえば、心疾患などの合併症がない人で、OO歳の男性なら、血圧が正常の人に比べてこの先10年で4倍脳出血がおきやすいなどということが分かります。しかし、循環器専門医でないかかりつけ医はこのようなたくさんの調査結果を頭に入れておくのは大変なので、「診療ガイドライン」を 参考に治療を考えることになります。ガイドラインは学会(高血圧なら日本高血圧学会)が定期的に出している、診断や治療の根拠となる研究成果をまとめ、多くの非専門医師に向けた「指南書」のようなものです。その中には、合併症(心疾患、脳疾患、腎疾患、糖尿病など)がない/ある、によって治療開始の基準がことなることや、血圧の目標値が異なること、などが記載されており、そういった内容を参考にしながら、医師は個々の患者さんに応じた治療を選択することとなります。

一般の人向けに将来の病気発症リスクを見積もるものはないの?

 高コレステロール血症に関しては、一般の方向けに将来の心疾患発症危険度を算出するスマホ向けアプリがあるのでご紹介します(右図)。年齢、性別、喫煙の有無、コレステロール値、血圧、血糖値、血のつながった方に心臓病がいないか、について入力すると、これから10年心臓病になる確率と、同年代で最もリスクの低い人に比べて何倍心臓病になりやすいかを算出してくれます。パソコンのウェブ版もあります(「これりすくん」で検索)。

高血圧のお薬は、一度はじめるとやめられなくなるの?

 患者さんから、「高血圧の薬を一度はじめるとやめられなくなるのですか?」、などと聞かれることがあります。この真意はよく分からないのですが、おそらく「薬に依存する体になる」というようなニュアンスなんでしょうね。でも、こういったお薬には睡眠導入剤などにある依存症はありません。糖尿病に関しては、生活習慣(食事・運動)の改善により体重が減った場合、一度はじめたお薬を中止できることも時折あります。高血圧・高コレステロール血症にも同様なことが言えます。しかし心臓病・脳血管疾患・腎疾患などの合併症をすでにお持ちの方や、肥満など改善できる点がなく、体質(遺伝)によるリスク因子の場合、多くのケースでこれらリスク因子の治療は一生継続されることが多いです。そのため、リスク因子の治療開始には慎重な判断が求められるのです。

リスク因子の治療は「シートベルトを締めて運転する」ことと同じ

「一度はじめるとやめられなくなる」とお聞きになる患者さんに向かって、僕はこのように説明します。「高血圧などのお薬は自動車のシートベルトと同じです。自動車事故と同様に、心筋梗塞や脳梗塞などは「心事故・脳事故」という呼び方をします。将来そういった事故が起きるかどうかは予想できませんが、あなたの事故の確率はとても高いと見積もったので治療をお奨めしています。血圧正常の方は時速30kmで走っていてぶつかっても死にませんが、あなたは時速80kmで走っています。シートベルト締めていれば死亡率は下がります。お薬も同じことが言えます。」

あなたの主治医はいかがでしょうか?

 あなたやご家族が、これらリスク因子(高血圧・高コレステロール血症・糖尿病)の治療をすすめられたとき、まず、下記のことをチェックしてみて下さい。
1 なぜ治療が必要か、治療をしないと将来どうなるか、わかりやすく説明してくれた。
2 治療開始までに、少なくとも数回の受診を行い、必要な検査(血圧測定、採血など)を複数回行い、治療開始を決めてくれた。
3 お薬の服用以外に、食事や運動などの生活習慣の重要さについても毎回話してくれる(口うるさいようですが、親身になっている証拠です。。)。

このようなことがなく、まるで風邪薬や頭痛薬を出すように、一生飲むことになるお薬を出されたら。。。。その場合、「診療ガイドラインでは、私は治療すべき対象なのでしょうか?」と聞いてみて下さい。