「保険診療」とは?「自由診療」との違い

わが国日本では、すべての国民が公的医療保険に加入することになっており、これは国民皆保険制度(こくみんかいほけんせいど)と呼ばれています。「国民皆保険」とは、病気のときや事故にあったときの高額な医療費の負担を軽減してくれる医療保険制度です。世界各国と比較して、医療にかかる経済負担はとても少なく恵まれています(そのかわり、医療費が国の財政を圧迫しています)。保険者(国民健康保険では国;社会保険では企業;公務員/教員などは共済組合;など)は、被保険者(あなた方患者さんと、今は病気がない健康な方)からお金を集めて、医療機関で行われる医療行為に対して、7~9割の金銭の負担を行います。従って「保険診療」では、関係法令を守り、『保険医療機関 及び保険医療養担当規則』の規定に基づき、医学的に妥当・適切な診療を行うことが求められます。簡単に言うと、「医学的に適切で、かつ、一般常識に照らし、誰もが納得する医療内容でないと、保険者はお金を負担しませんよ」ということです。対照的に、「自由診療」ではこのしばりがなくなり、倫理的に問題がない場合に限り、「どんなことでもできる」のです。よくある例として、美容整形、ダイエット目的の薬物治療、あやしげなガン治療、などがあります。しばりがないので利益至上主義となり、まともでない医師が目立ち、倫理に反する医療行為が多いのが問題視されていることは、みなさんもご存じのことと思います。

当院は「保険医療機関」です。上記のルールから逸脱する行為を行うと、医師個人の「保険医」資格が剥奪され、保険医療機関の資格を失うこととなります。保険医療機関は好き勝手に何でもできないのです。

最近、「保険診療のルール」について、あまりご存じない方が増えていると感じています。今回はいくつか実例をあげて、このことに触れたいと思います。

「今日は時間がないので、医師に会わずにお薬だけください」

お薬を処方する、ということは医療行為であり、このことを軽く考えている方がいます。薬局で買えるお薬と違い、医師が処方するお薬は、副作用のリスクがあり、対面の診察を伴わなければ処方することができず(無診察処方)医師法違反に問われます。「他の病院ではそうしてくれた」と、いう方がいらっしゃいますが、その病院がおかしなことをしているのです。ただし、急用等で来院できない場合、定期的に処方しているお薬がきれてしまう、というような状況では、電話で医師とお話した後、それらを処方することができます。また、同様の理由で患者さん本人が来院できない場合、最小限の定期処方せんを御家族におわたしすることは可能です。

「今は症状がありませんが、前もって風邪薬をいただけませんか?」

薬局に行けば常備薬としての風邪薬を購入できますが、医院・病院などの保険医療機関では、「現在罹っている病気」に対する治療しか出来ません。例外として、花粉症など、例年、同じ時期に発症することが分かっている病気に対しては、今症状がなくてもシーズン前にお薬を処方できます。

「最近つかれやすい。アリナミンを買って飲んでいますが、類似のビタミン剤を処方してくれませんか?」

保険診療では、医師が診断した病気に対し、適切な治療が行われます。「つかれやすい」のなら、その原因を調べ、病気が見つからなければ経過観察をする、というのが通常の対応です。患者さんの求めに応じ、はい、分かりました、とお薬を出すことはありません。そもそも、普通に食事を摂っている人において、つかれやすいという症状がビタミン不足であることはまずありませんし、疲れにアリナミンなどのビタミン剤が効くかどうか、ちゃんとした臨床試験が行われておらず、個人的には正直、無駄な医療だと思っています。

「前立腺がんの治療後です。先月、血液検査でPSA(前立腺がんの数値)を測定しましたが、心配なので今月もお願いします」

保険診療の手引きである「医科点数表の解釈」には、以下のように記載されています。「PSA:前立腺がんを強く疑われる者に対して検査を行った場合に、3ヶ月に1回に限り測定できる」

病気の性質(進行のスピードなど)を念頭に置いて、適切な測定間隔が決まっているのですね。

「副作用でおくすりが余ってしまった。返品/返金してもらえますか?」

処方薬の調剤は、「療養の給付」にあたります。既に行われた検査や治療を、さかのぼって無かったことにできないのと同様に、調剤薬局で渡したおくすりも、返品/返金できる性質のものではないと解釈されます。ですので、「初めて飲むおくすりだけど、受診が面倒なので30日分ください」というような方は、服用初日で薬疹が出て飲めなくなっても返品できません。はじめて服用するおくすりは少なめの処方がいいと思いますよ。

「先日見たテレビでみた「脳動脈瘤」が心配に。脳MRIをしてほしい」

このご依頼も「保険診療」をご理解いただいていない方からよくなされます。
脳MRIの実施は、手足の麻痺、言語障害、認知機能の低下など、脳卒中や認知症など、脳の病気が疑われた際に保険診療として行うことが出来ます。症状がない場合、脳ドックを受診してください。

「先生は診察のとき、いつもパソコンの方ばかりみていますね」

そのように言われるようになったのは電子カルテが普及してからのことですね。
できれば患者さんに向き合って診療したいと思っています。でも致し方ないところもあるのです。上記のように、医師は保険診療の範囲を逸脱しないように心を配りながら診療しなければなりません。
そのためには、保険を使っても支障がないように、カルテの記載を丁寧に行わなければなりません。
これを怠ると患者さんに余計な費用負担を強いたり、せっかく時間と労力をかけて行った正当な検査/治療の費用が、保険支払機関から払ってもらえず、医療機関の赤字を招くのです。
医師は患者さんの診断を行いつつ、医療制度を守るようにカルテ記載を整える努力をしています。ご理解のほどよろしくお願いいたします。