医療を受ける前に知っておいていただきたいこと

医療を受ける前に知っておいていただきたいこと― 変わりゆく医療制度と、保険診療のルール 

近年、物価や人件費、光熱費など、あらゆる分野で物価高が進んでいます。しかし医療の世界では、その流れとは逆に、診療報酬(医療機関が保険診療で受け取る公的な報酬)は低く抑えられたままの状態が続いています。その結果、全国的に医療機関の経営悪化、診療所や病院の閉院・破綻といった事態が起きています。一方で国は、高齢化の進行に伴う医療費増加を抑えるため、OTC類似薬(ロキソニンなどの鎮痛薬、湿布薬など)の一部自己負担化、高額療養費制度の見直しといった医療費抑制政策を次々と進めようとしています。医療を受ける側としては、これまで受けてきた医療を、費用がかさむため諦める、ということを受け入れざるをえないことになるでしょう。そのような状況になった遠因として、無駄な医療(検査・治療)が繰り返され、その負担が積もり積もってきた、ということは間違えなく言えると考えています。

こうした時代背景の中で、これまで以上に重要になっているのが、「保険診療のルールを守った、適切な医療の受け方」です。医療はみんなの重要なインフラです。これまでどおり、医療を十分に享受するには、患者さん側が「無駄な医療」を減らすことに協力することが求められていると思います。

薄弱な根拠で高額な検査を行うことは保険診療のルールから外れます

「背中が痛い。膵臓がんが心配だから、CTやMRIをすぐにしてほしい」このようなご要望を受けることがあります。もちろん、医師は重い病気の可能性を常に考えながら診療しています。しかし、保険診療では、症状の経過を聞き取る、身体診察を行う、血液検査や超音波検査など、安価で非侵襲的な(お身体に負担が少ない)検査から行う、という段階を踏んだ医学的判断が求められます。明確な根拠が乏しい段階で、いきなりCTやMRIといった高額検査を行うことは、保険診療のルールを逸脱する行為となります。そういった検査を行った場合、後日、厚労省の調査で無駄な検査であると解釈され、医療機関が返金を求められることがあります。せっかく費用と労力をかけて行った検査の対価が得られず、結果として医療機関の赤字につながります。そういった、保険診療のルールを逸脱する検査をご希望の場合、「自由診療(下図)」でお受けください。

同様に、自分が考える「こういう病気・症状には、こういう治療」という希望を押し通そうとする患者さんがい ます。たとえば、「風邪を引いたから点滴をしてくれ」という方。食事が取れていれば点滴は不要ですし、そもそも風邪に点滴は効きません。病気・病状に応じ、「この疾患が疑われるから、この検査・治療が必要・妥当である」と、多くの医師・医療従事者、厚労省が納得し、十分な根拠を有する検査・治療のみが、保険診療において認められるのです。患者さんからやってほしい、と言われて、医師がホイホイやってあげるのはおかしいことなのです。もし、そのような検査・治療をお求めなら、医療費10割負担の「自由診療」をご希望ください。

低価値医療とは

低価値医療とは、患者の健康改善効果が乏しい、またはほとんどないにもかかわらず行われる医療行為(検査、処方、手術など)のことで、医療資源の無駄遣いや患者への不要な負担(副作用、医療費増大など)につながるため、削減が世界的に課題となっています。具体的な例としては、 

軽度の腰痛に対するX線検査、健康な人への過剰なMRI・CT検査(放射線被曝リスク)、ウイルス性疾患である風邪に対する抗菌薬(抗生物質)の投与(耐性菌のリスク増)、風邪に対するビタミン点滴(医学的根拠が乏しい)、依存性の高い睡眠薬の長期処方、などです。これらの意義の乏しい医療は、あやしい病名をつけることにより、保険診療として漫然と行われています。医療費削減のためには、この低価値医療を減らしていくことが不可欠で、医療側だけでなく患者側の理解が必要です。

保険診療では「今ある症状・病気」に対してのみ、治療行為が行われます

「今は症状がないけれど、今後風邪をひくかもしれないから、あらかじめ薬を出してほしい」といわれる方がいます。保険診療では、今ある症状・病気にしか、薬の処方・点滴などの処置・手術などの治療を行うことができません。そのようなご希望がおありなら、薬局で風邪薬を購入してください。

ただし、例外もあります。たとえば花粉症のように、毎年ほぼ同じ時期に発症する発症が高い確率で予測できると医学的に判断される場合には、事前の処方が認められることがあります。

医師が行う治療は、自ら診断した病気に限られます

「皮膚科に行くのが面倒だから、内科で皮膚の薬を出してほしい」といったご相談を受けることもあります。しかし、医師が保険診療として行える療養の給付は、その医師自身が診断した病気に対してのみです。診断していない皮膚疾患に対して、内科医が皮膚科専門の外用薬を処方することは、まとはずれな診断に基づく誤った治療につながり、病状を悪化させる可能性がありますし、保険診療上も認められないのです。ただ、皮膚科で出された薬が、定期処方と見なされる、すなわち長い使用歴があり、かつ、副作用がないことが確認されているものについては、最小限の処方を1回のみ内科医が行うことは許されると思います。また、例えば「これは湿布かぶれ(接触性皮膚炎)だから、湿布の変更と、外用薬の処方をしましょう」と、内科医が自信を持って診断し、治療することは妥当だと思います。

保険診療のルールを大きく逸脱すると、どうなるのか

保険診療には厳格なルールがあります。過剰な検査、架空請求、医学的に不適切な療養の給付など、これらを繰り返し行った医療機関や医師は、保険医療機関の指定取消・指定停止、保険医資格の停止・取消といった、極めて重い処分を受ける可能性があります。こうした不正行為の背景には、医療機関や医師が収益を得る目的でルールを踏み越えるという、あってはならない事情が存在することも事実です。上述の通り、経営が厳しくなっていることがその引き金になっている、という事情もあるでしょう。しかし、それは決して正当化されるものではありません。不正は、医療制度全体への信頼を損ない、結果として真面目に医療を行っている多くの医療機関や、患者さん自身の不利益につながります。

血液検査の項目について

上記のような事情から、血液検査の際、可能な限り項目を絞ることが求められるようになりました。最近、以前検査していた項目が削除されているのは、無駄な検査をすると医療機関へ返金を求める、ということが、厚労省から強く指示されているためです。希望の検査項目がありましたら、その都度、医師に依頼してみて下さい。保険診療のルールの範囲内で対応します。