医療は「健康」という人の根源を取り扱うサービスです。健やかに生きるためには、医療はなくてはならないので、どの国においても医療をちゃんと提供することが国の最重要課題となっています。しかし、国民性、経済情勢等、いろいろな事情がことなるため、医療の提供のあり方には国によって千差万別なのです。日本の医療システムは、安心して医療を受けられるように国民全員が公的医療保険に加入し(家族も加入者の扶養家族としてカバーされる)、一人ひとりが保険料を出し合い、助け合うことによって支えられています(国民皆保険制度)。
患者さんは保険証1枚さえあれば医療機関を自由に選ぶことができ(フリーアクセス)、窓口負担だけで診療や薬の給付など、必要な医療サービス(現物支給)を平等に受けることができます。アメリカでは民間の医療保険に加入し、その内容が定める検査・治療以外は受けることが出来ませんし、何割かの人は無保険状態なので、そういった方は数百万円という法外な治療費を負担せざるを得ないこともあります。また、イギリスでは税金で医療費がまかなわれ無料でサービスをうけることができますが、そのかわり、どのような症状であっても住所により定められた家庭医(かかりつけ医)を受診し、その後、他施設に紹介してもらわなければなりません。このように、日本の医療制度は恵まれていると思います。そのかわり「保険診療」というルールをしっかり守って利用していくことが、将来の日本の財政状況にとって大切で、子や孫の世代につけを残さない心構えが必要です。今回は、保険診療について理解が乏しい方からよく寄せられる要望や質問について紹介しようと思います。
1 今は症状がありませんが、前もって風邪薬をいただけませんか?
医院・病院などの保険医療機関では、「現在罹っている病気」に対する治療しか出来ません。そのような場合、薬局で常備薬としての風邪薬を購入すべきです。
2 先日見たテレビでみた「脳動脈瘤」が心配に。脳MRIをしてほしい。
このご依頼も「保険診療」をご理解いただいていない方からよくなされます。脳MRIの実施は、手足の麻痺、言語障害、認知機能の低下など、脳卒中や認知症など、脳の病気が疑われた際に保険診療として行うことが出来ます。症状がない場合、保険診療でない脳ドックを受けてください。
3 インフルエンザに罹った人と接触した。タミフルの予防投薬を受けたい。
検査による診断や、状況からインフルエンザの疑いが濃厚な場合、保険を使用しタミフルなどの処方を行うことが出来ますが、予防の場合は保険が使えません。自費診療となります。
4 処方せんの期限が切れてしまった。どうすれば?
調剤薬局では、処方せんに基づき調剤し、おくすりをお渡ししています。この行為は、単なる商品の売買ではなく、健康保険法上で「療養の給付」に関わるものとして、診察や治療と同様に位置づけられています。そのため、しばらく処方せんを保管しておき、使いたいときに使うということができません。再発行する場合、100%自己負担となり、経済的に損失が生じますので、処方せん発行4日以内に調剤薬局でおくすりと交換して下さい。
5 処方せん(あるいはおくすりそのもの)を紛失してしまった。どうすれば?
処方せんの期限切れと同様に、再発行は100%自己負担となります。保険は使用できません。この理由はいろいろあるのですが、たとえば転売などの悪意ある行為につながる可能性を想定しています。睡眠導入剤や抗精神病薬が30日を越える処方ができないのもそういった事情によるものです。また、家族や友人に譲渡するという可能性もあります。医師の処方薬は、薬局で販売している常備薬とはことなり、副作用が重いものが含まれます。大きな副作用に見舞われた場合、「医薬品副作用被害救済制度」によって補償を受けることができます。しかし、この制度を受けられるのは、「薬を適切に使用していた場合」に限られます。たとえ家族のものであっても、他人に処方された薬を使って起きた副作用では、この制度を受けることはできませんのでご注意下さい。繰り返しますが、処方せんの発行というのは「療養の給付」にあたりますので、それにもとづいたおくすりは本人しか使用できません。
6 副作用でおくすりが余ってしまった。返品/返金してもらえる?
処方薬の調剤は、前述のとおり「療養の給付」にあたります。既に行われた検査や治療を、さかのぼって無かったことにできないのと同様に、調剤薬局で渡したおくすりも、返品/返金できる性質のものではないと解釈されます。ですので、「初めて飲むおくすりだけど、受診が面倒なので30日分ください」というような方は、服用初日で薬疹が出て飲めなくなっても返品できません。はじめて服用するおくすりは少なめの処方がいいと思いますよ。
7 先生は診察のとき、いつもパソコンの方ばかりみていますね。
そのように言われるようになったのは電子カルテが普及してからのことですね。できれば患者さんに向き合って診療したいと思っています。でも致し方ないところもあるのです。上記のように、医師は保険診療の範囲を逸脱しないように心を配りながら診療しなければなりません。そのためには、保険を使っても支障がないように、カルテの記載を丁寧に行わなければなりません。たとえば、心電図をとる必要があれば、カルテに「不整脈の疑い」と記入しないといけません。これを怠ると患者さんに余計な費用負担を強いたり、せっかく時間と労力をかけて行った正当な検査/治療の費用が、保険支払機関から払ってもらえず、医療機関の赤字を招くのです。医師は患者さんの診断を行いつつ、医療制度を守るようにカルテ記載を整える努力をしています。ご理解のほどよろしくお願いいたします。